1.陰陽学説 | |
古代中国の哲学思想であり、簡単に言えば「大極(宇宙)」を「陰陽」という対立する属性に分類して認識する、というものです。 最初は、「日に向かうものが陽」「日に背くものが陰」とシンプルなものだったのが、意義が拡張され相互に対立する属性を「陰陽」に分けるようになったらしい。 「日に向かう」から発展し天・温熱・光明・向上・運動する事物は「陽」とされ、「日に背く」から発展し地・寒涼・暗黒・下降・静止する事物は「陰」とされた。陰陽のイメージは以下のようなものになります。覚えておくと、後々便利かも。 陽:天 日 昼 火 外在 上昇 温熱 活動的 機能的 興奮 陰:地 月 夜 水 内在 下降 寒涼 静止的 物質的 抑制 1.互根互用 「陰陽」は単独では存在できず、対立する存在をもって自分自身の存在の前提とします。例えば、「上」という概念がなければ「下」は存在しなくなりますよね。つまり、「陽」と対比出来て初めて「陰」というものが存在できるわけであり、その逆もまたしかり、です。 2.消長・転化 陰陽の運動変化は、上図のように季節の変化で説明されます。それは「陽気(天気)」と「陰気(地気)」の運動変化によって生じ、「消長・転化」という動きが見られます。 「消長」は「陰陽」に見られる変化の形態の事です。冬至から夏至にかけて、「陰気」が衰え「陽気」が強くなっていき、「陰消陽長」と呼ばれます。夏至を過ぎると陰陽の変化が逆となり、夏至から冬至にかけて「陽気」が衰え「陰気」が強くなる「陽消陰長」と呼ばれる状態になります。 「転化」は「陰陽」が一定条件下で対立する属性に変化することであす。転化が生じやすい条件とは、「物極まれば必ず反す」つまり「陰」「陽」いずれかが極まった時です。これも季節を例に取ると、夏至では「陽気」が極まり「陰気」が生じて冬に向かう。冬至ではその反対となり、「陽気」が生じて夏へと向かう。 「消長転化」の関係により、一年を通して「陰陽」の平衡は保たれています。陰陽の理が狂って、夏の陽気が弱ければ冷夏、冬の陰気が弱ければ暖冬、という風になるわけですね。 前漢初期の宰相陳平は、「陰陽を整える事」を宰相の仕事として挙げていたりします。ちょっとした天候不順がすぐに飢饉をもたらしたような古代では、「陰陽」のバランスがいかに重要視されていたか、というお話でした。 |
2.五行学説 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
1.五行学説の概略 「陰陽学説」と並び中医学に大きな影響を与えた哲学です。これは、自然界を「木・火・土・金・水」の「五行」と、その間に見られる「相生」「相克」の関係で認識しようとする思想です。 「木・火・土・金・水」は、古代人の生活の中で普遍的に見られたものであり、世界を捉える上で分かりやすい基準となりうるものだったとのこと。ギリシアでも「地水火風」を元素にとする学派があり、古代世界に於いては洋の東西を問わず似たような思考形態を辿ったようです。 「五行」を分類するにあたっては、ある事物の最も本質となる性質を選び(取象)、五行の性質のうち最も相応しいものに当てる(類比)という作業を行ったようです。以下、各行の本質について記しておきます。 「木」は“曲直”、すなわち曲りくねりながら成長する樹木の性質で示される。そこから、生長・昇発などのイメージとされる。「東」は太陽の昇る(向上)方向であるため、「木」に属するとされた。季節としては万物の生じる「春」であり、その特性は「生」とされた。 「火」は“炎上”、つまり盛んに燃え盛る火炎の性質で示される。温熱・向上・昇騰などのイメージとされる。南は暑い(炎熱)方向であるため、「火」に属するとされた。季節としては暑く万物の伸びゆく「夏」であり、その特性は「長」とされた。 「土」は“稼穡”、種を播き(稼)収穫する(穡)性質を表す。そこから、生化・受納などのイメージとされる。中央(中原)は万物を生み出す肥沃な土地であり、「土」に属するとされた。季節としては万物の実る「長夏」であり、その性質は「化」とされた。 「金」は“従革”、熱せられて熱くなり人の意のままに形を変え(従革)、やがて冷え固まる。そこから、収斂・沈降・粛殺などのイメージとされる。西は太陽の沈む(沈降)方向であり、「金」に属するとされた。季節としては涼しさが増し収穫の行われる「秋」であり、その特性は「収」とされた。 「水」は“潤下”、冷たく滴り落ちるイメージとされる。そこから、滋潤・下降・寒涼・閉蔵などのイメージとされる。北は寒い(寒涼)方向であり、「水」に属するとされた。季節としては寒く雪に閉ざされる「冬」であり、その特性として「蔵」とされた。 陰陽学説と同じように、各行をイメージで捉えておくと便利ですよ。まあ、そんなこんなで五行に分類されたものが、以下の「色体表」です。。
2.相生・相克 上図は、「相生」「相克」と言う概念を表します。 「相生」は、木を燃やすと火が生まれる(木生火)というように、ある「行」が次の「行」を生み出す関係の事です。生み出す「行」を「母」、生まれる「行」を「子」とするため、上述の例では“木は火の母”“火は木の子”となります。すべての関係を列挙すると、「木生火(焚火のイメージ)」「火生土(焼畑)」「土生金(鉱山)」「金生水(?)」「水生木(水があれば木が育つ)」という言い方になります。 「相克」は、水が火を消す(水剋火)ように、ある「行」が2つ先の「行」を抑制していることを示しています。関係を列挙すると、「木剋土(森は大地を覆う)」「土剋水(堤防は水をせき止める)」「水剋火(水は火を消す)」「火剋金(熱して冶金)」「金剋木(鉄の斧は木を切り倒す)」といった感じですね。 以上のように、「相生」「相克」によって「五行」のバランスが保たれています。このバランスを保つことが、引いては自然界や人体を健全に保つことになるわけです。 時としてこのバランスが崩れ、「相乗」「相侮」と呼ばれる状態とになります。 「相乗」は「相克」の関係が強くなりすぎた状態を示します。「木乗土」「土乗水」「水乗火」「火乗金」「金乗木」と呼ばれ、原因は以下のようなものが考えられます。 1.剋する方の過剰 2.剋される方の不足 「木乗土」を例にすると、「木」が強すぎて「土」を過度に抑制した「木旺乗土」、「土」が不足して「木」の抑制が強くなった「土虚木乗」の二つが考えられます。 「相侮」は「相克」の関係が逆転した状態を示します。「木侮金」「金侮水」「火侮水」「水侮土」「土侮木」と呼ばれますが、原因はやはり2通り考えられます。 1.剋される方の過剰 2.剋する方の不足 「木侮金」を例にすると、「木」が強すぎて「金」が相対的に弱くなり抑制できない「木旺侮金」、「金」が弱くて「木」を抑制できない「金虚木侮」の2通りとなります。 |
3.陰陽学説の中医学における応用 | |||||||||||||
1.人体における陰陽
上の表のように、人体の構造・生理機能などは、「陰陽」に分類されます。背が陽で腹が陰、というのは四足動物で考えると分かります。また、五臓の「心」を例に取ると、「心陽」と「心陰」に分けられますが、このように「陰陽」に分類されたものはさらに「陰陽」に分類できるという原則にも当てはまります。 2.人体の生理機能 人体の生理活動は、自然界の「陰陽消長」の影響を受けています。陰気が消え陽気が増してゆく朝から昼にかけては人間も活動的になり、陽気の潜み陰気が強くなる夕方から明け方までは活動が鈍り睡眠状態に入るという、まあ分かりやすいイメージでしょう。 また、「気」と「血」の関係には「互根互用」の関係が見られます。「気」は「血」を生み「血」が全身を巡る原動力となります。一方、「血」は「気」を含んだり「気」に栄養を与え養ったりします。このように、「気血」は相互の存在があって初めて機能できるわけですね。 3.病理変化 「陰陽偏盛」は、何らかの「邪」によって陰陽いずれかが亢進した状態であす。「陽熱の邪」が入ってくると、陽が盛となり陰を損ない「実熱証」がみられます。逆に、「陰寒の邪」が入ってくると、陰が盛となり陽を損なって「実寒証」となります。 「陰陽偏衰」は、「正気」が不足して、陰陽いずれかが衰えた状態であす。陰陽は相互に抑制することから、「陰陽偏衰」では一方が衰えたために、相対的にもう一方が強くなるのである。なお、「正気」は気・血・津液など人体を構成する要素の事です。 陰陽は「互根互用」であり、一方が損なわれた状態が続くと、やがてもう一方も衰えてきます。例えば「血(陰)」の不足する「血虚」が続くと「気」が養えず「気虚」を生じ、逆に「気(陽)」が不足した「気虚」が続くと「血」が生成されず「血虚」となります。 陰陽は一定条件下で「転化」を生じる。例えば、急性熱病で高熱が極まると、顔面蒼白・四肢冷感・体温低下などを生じることがあります。 4.診断・治療への応用 中医学の「証」は数多くあります。大まかに陰陽に分類すると「陽証(陽が強い症状)」「陰証(陰が強い症状)」となり、以下のようなイメージとなります。 陽証⇒体温高い、発汗多、血圧高、あつがり、顔面紅潮、口渇あり、冷たい水を好む 陰証⇒体温低い、発汗少、血圧低、さむがり、顔面蒼白、口渇なし、温かい水を好む 陰陽に基づいた分類として、「八綱弁証」と呼ばれる診断法があります。病気を「陰陽」「虚実(何が不足しているか、あるいは過剰か)」「寒熱(病気の状態)」「表裏(病気の部位)」を見るものです。 治療原則は非常に分かりやすく、「陰陽」の平衡を整えることが原則です。「陰陽偏盛」の場合は、亢進している方を瀉す(追い出す)事になります。逆に、「陰陽偏衰」の場合は、不足している方を補えばよいわけです。 「かぜ症候群」を例にすると、中医学では「風寒の邪」によるものが多いとされます。この場合は「風寒の邪」が「陰」を亢進させ「陽」を損なっているので、「風寒の邪」を瀉すのがよろしいかと。 |
4.五行学説の中医学における応用 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
1.人体の分類
人体の五臓六腑を、それぞれの特性に合わせて「五行」に分類しています。だいたい、下のような感じで分類されていったとか? 「肝」は昇発の性質を持ち抑圧されることを嫌い、気血の流れを整える。ここから、生長・昇発の性質を持つ「木」に分類された。 「心」は温煦の性質があり血を全身に巡らせるので、温熱・向上の性質を持つ「火」に分類された。 「脾」は「水穀(飲食物)」を収め化して栄養とし気血の源とするため、収蔵・生化の性質を持つ「土」とされた。 「肺」は「自然界の清気(空気)」を吸入し全身に降ろす作用があり、粛降の性質を持つ「金」とされた。 「腎」は精を蔵するため、閉蔵の性質を持つ「水」とされた。 さらに、五臓の分類に基づいて臓腑間の相互関係、五臓六腑以外の組織器官の分類なども説明されています。ここでは割愛しますが。 2.病の伝変 「相生」「相克」関係に基づいて病気が伝わることがあります。 「相生」に基づいて病気が伝わる場合を「母子相伝」と呼び、「母」の病が「子」に伝わる「母病及子」と、「子」の病が「母」に伝わる「子病犯母」の2通りです。 「相克」は先にも説明したように、「相乗」「相侮」という病的状態をもたらすことがあります。この「相克」の関係を治療に利用した医者の話があります。 戦国時代、斉国(現在の山東省あたり)の王が心労で倒れた時、王を怒らせることで治療した医者がいました。これは心労が過剰となり「脾」を損なった王を、怒らせる(「怒」即ち「木」)ことで心労(「思」即ち「土」)を抑え(「木剋土」の関係を回復させ)「脾」を治す、という五行に基づいた治療だそうです。ただし、哀れな事に医者は怒った王に殺されたそうですが。 3.診断・治療への応用 五行学説に基づいて、五臓と他の組織器官が分類されています。「五液」「五主」「五窮」「五華」「五情」「五色」などありますが、これらは五臓の状態と密接に関係しています。そのため、五臓のいずれかに病変が生じた場合、「望診・聞診・問診・切診」により、外からこれらを観察することで診断することが出来るのです。 「陰陽」と「五行」の概念を組み合わせると、より深い診断が可能となります。病気がどの臓腑にあり(五行)、陰陽いずれの症状が強いか(陰陽)、という感じに。診断法については、改めて学ぶ機会もあると思われるのでその時に。 「相生」「相克」の関係より他の臓腑にも影響が出ているかどうか推測することも出来ます。中医学は「整体観念」つまり人体を統一体と考えているのは前述のとおりですよね。そのため、ある臓腑が傷害された場合、他の所に影響が及ぶことがあり、それを考える上で「相生」「相克」関係は重要となってそうです。 |