1.整体観念 | |
中国医学の特色のひとつに「整体観念」があります。これは、人体を「一個の有機体」と考えるものです。この概念の下では、目は目、胃は胃、肺は肺で独立して働いているのではなく、すべて繋がっているとされています。 繋がっているという事は、どこかで異常が生じると他の組織器官にも波及する事を意味しており、中医学の臨床に於いては、一つの臓腑だけを見るのではなく、全体を見る事が必要になるのです。 非常に簡略化すると、上図のような感じになります。人体の組織器官は経絡という通路を介して複雑なネットワークを構成しています。 このネットワークは様々な要素を含んでおり、通常はそれが一定のレベルで平衡しています。もしもその平衡が崩れた時、それは病気となる時なのです。中医学ではバランスを重視しており、処方・鍼灸など色々な治療法がありますが、究極の目的はバランスを回復させること、と言えます。 生理学的に考えましょう。人体は、以下のような器官を備えています。 五臓:肝・心・脾・肺・腎 六腑:胆・胃・小腸・大腸・膀胱・三焦 奇恒の腑:骨・髄・脳・脈・胆・女子胞 それぞれの臓腑組織は別個の働きを持っていますが、「経絡」によって連絡しあい協調して生命活動を支えています。食物消化を例に取ると、口から摂取された食物は「胃」の「腐熟」、「脾」の「運化」、大腸の「伝導」という働きを受けて消化吸収・排泄されるわけである。この過程のどこかに障害があれば、消化吸収が出来るかどうか怪しくなってしまいます。 病理学的に考えると、一箇所で発生した病変は必ず他の部位にも影響を及ぼし、時として全身に悪影響を与えることがあります。 例えば、「脾」は「水穀(食物)」からの「水穀の精微(栄養分)」吸収の基本となる臓です。この機能が低下すると、栄養分が不足し「気・血・津液」という生体の基本物質が生成されなくなり全身的な虚弱状態をもたらすことがあります。当然の事ながら、他の臓腑の働きも傷害する事になります。 しかし、傷害された臓腑だけ見て治療しようとしても根本的な解決にはなりません。「脾」の機能を元に戻し栄養不足を解決しなければ「気・血・津液」の不足は解決せず、他の臓腑は正常には戻らないのです。 診断学的に考えると、「経絡」による相互連絡があるため、体内の臓腑に生じた病変がその臓腑と特に密接な関係を持つ体表の組織に影響を与えることになります。そのため、観察によって病気の存在部位を見出すことが出来るわけですね。 例えば、「肝」は「目」と密接な関係があるため、診断において「目」の変化を見ることで「肝」の病変を推測する、といったことが可能になるのです。 |
2.自然界と人の関係 | |
中医学において、自然界の変化は必ず人間に影響を与えるとされています。季節を例にとって説明してみましょう。 春夏は温熱の季節であり、「陽気」が強くなります。そのため、皮膚は緩み「汗腺」が開いて汗が出ます。逆に、秋冬は涼寒の季節であり、「陽気」が衰えます。そのため、皮膚が収縮して「汗腺」が閉じてしまうので汗は出ません。 一日の変化もこれに準じ、活動の昼(陽)と休息の夜(陰)というのが健康的な生活というものです。まあ、近年の若人は昼夜逆転している人が多かったりもしますが。 季節による変化は、それぞれの季節に特有の病気をもたらします。春は「風病」、夏は「熱病」、秋は「燥病」、冬は「寒病」が多いとされています。 また、夜になると悪化するといった症状も、中医学的には自然界の変化と人体が関係しているために生じると考えられています。 |
3.弁証論治 | |
「弁証論治」とは、中医学における「診断学(弁証)」と「治療学(論治)」のことであり、中医学の特色ともいえる分野です。 「証」とは、様々に変化していく病気のある一段階を捉えたもので、その段階における病因(原因)・病位(存在部位)・病気の性質などを包括しています。 「弁証」とは、「望・聞・問・切」という中医学独特の4つの診断を通して情報を集め、患者の「証」を判断することです。発汗の有無、悪寒の有無、などなど病態を捉えて「証」を決める過程であり、西洋医学のような数値化には頼りません。 「論治」とは、「弁証」によって「証」を決定した後、それに適した治療法を決定することです。 西洋医学的には同じ病気とされるものでも、病態が違うと異なる「証」と考え治療法が変わることを「同病異治」と呼びます。例えば、西洋医学的には「かぜ症候群」と証される一連の呼吸器疾患も、中医学においては「風熱」「風寒」「暑湿」といった「証」に分けられ、それぞれ異なる治療法となります。 逆に、西洋医学的に異なる病気とされるものでも、同じような病態の場合は同じ「証」と考えられ、これを「異病同治」と呼びます。例えば、胃下垂、脱肛、慢性下痢などは、西洋医学的に考えればそれぞれ異なる病気ですが、弁証から得られた「証」が「中気下陥」であった場合、同じ治療法となります。 上の図は西洋医学的な診断・治療のプロセスと中国医学的なそれを併記したものです。極論すれば、西洋医学は「病名決定」が出来なければ治療法を決定できません。一方、中国医学は病態を捉えて治療法を決定するので、西洋医学的な病名決定の過程は不要となります。 いくら検査しても異常値の出ない不定愁訴などで中国医学が威力を発揮するのは、数値化せず病態を認識する事に重きをおいているからだと思います。 |