「かぜ症候群」と中医薬
T.西洋医学での「かぜ症候群」
@かぜ症候群
かぜ症候群とは、急性の上気道感染性炎症を生じ一週間程度で治癒に向かう一群の疾患を指す。かぜ症候群の原因病原体はRhinovirus(30〜50%)、Coronavirus(15〜20%)などのウイルスが多いが、マイコプラズマや細菌によるものもある。社会的に重要なのは冬季に流行するインフルエンザである。
A.治療
西洋医学に於いては、症状に応じて対処する“対症療法”が中心である。原因と疾患を一対一で対応させられない上に、ウイルスに対し効果を示す薬剤は殆どないので「かぜ薬」では風邪は治癒しない!
普通感冒の治療
@)過労を避け充分な睡眠をとる
A)室内の加温・加湿に注意
B)栄養摂取
C)脱水にならないよう水分補給
インフルエンザの治療
@)病院に行く ⇒ インフルエンザの場合、治療薬がある
A)あとは風邪と同じ
B)合併症が多いので、おかしいと思ったら病院へ
C)もしも解熱鎮痛剤を使う場合、小児では「アスピリン」は使わないこと。Reye症候群という厄介な疾患を発症する可能性がある
○総合感冒薬
市販されているのはこれが多いらしい。NSAIDs(非ステロイド性消炎鎮痛薬)、鎮咳薬、抗ヒスタミン薬などを配合して症状を消すわけであるが、別に風邪が治癒したわけではない。成人なら自然治癒が多いので、「治った」ように感じているだけ。
○抗生物質
細菌類などに対するもので、ウイルス性感冒に出すのは無意味。全く効かないどころか、安易な使用は耐性菌を生じるだけ。ただし、以下のような場合に投与することはある。
抗生物質の使用条件
@)基礎疾患を持ち、風邪が重篤な細菌感染症を起こす可能性のある場合
⇒慢性肺疾患(肺気腫、喘息など)、心臓病、腎疾患(慢性腎不全など)、肝疾患(肝硬変など)、免疫不全状態、高齢、妊婦など
A)細菌性感染症を生じた場合
○抗インフルエンザ薬
アマンタジン(A型のみ)、ザナミビル・オセルタミビル(A型・B型両方)などの治療薬がある。ただし、ウイルス増殖が極まった発症後48時間以降では無効なので、早めに処方してもらう。
U.「かぜ症候群」でみる西洋医学と中医学の対比
「かぜ症候群」の原因は多岐に渡り、西洋医学的な原因と疾患の一対一対応によるアプローチが難しい。この疾患では、原因ではなく病態で疾患を捉える中医学的アプローチの方が容易であるといえよう。
西洋医学での治癒は、疾患の原因を除去することにある。かぜ症候群の場合、原因病原体を駆逐して初めて治癒となるわけであるが、病原体毎に治療薬を作るのは現状では不可能である。これは、ウイルスに対する治療薬の開発が難しいこと、ウイルスの種類が多すぎてコスト的に開発が難しいこと、ウイルスは変異しやすく耐性が生じやすいので薬効の持続性が疑わしいこと、なにより先進国では風邪で死ぬ人間は少ないことなどがある。
そのため、対症療法によって生体防御機構による病原体除去を待つしかないわけである。ここで注意したいのは、発熱などの炎症反応は生体防御反応の一環であり、過度の抑制はむしろ害になりえることである。風邪を引いた時は薬剤で症状を抑えて無理するのではなく、温かい布団の中でゆっくりと寝ることが、免疫学的にもQOL的にもよいであろう。
中医学の視点から考えると、病邪の駆逐と生体バランスの回復が治癒をもたらす。「かぜ症候群」の捉え方は、中医学の基本に当たる「八綱弁証」、傷寒論に基づく「六経弁証」、病邪の分類に基づく「六淫弁証」など色々あり、病態などに応じて使い分ける事になる。
ただし今回は「かぜ症候群」の流行る冬場であり、実際に風邪に罹ったときにいちいち本をひっくり返して勉強する気にもなれないだろうという事を考え、西洋医学的な考え方に近い方法で説明する。
V.かぜ症候群に使う漢方薬
風邪を引いたときの症状をイメージすると、熱がある、寒気がする、頭がいたい、鼻水が止まらない、などがある。中医学において多くの場合、「かぜ症候群」の原因には「風寒の邪」があるので、寒気などが生じるわけである。
@かぜの引きはじめの基本処方 *六経ベン証における太陽病・・・病邪が未だ体の表面にある状態
1)かぜの初期で汗が出ない場合 ⇒ 寒邪の影響が強い
所見:発熱、悪寒、無汗、頭痛、項部のこわばり、身体痛、咳漱、浮脈・緊脈
治法:辛温解表(発汗解表、宣肺平喘)
処方:麻黄湯
構成:麻黄、桂枝、杏仁、甘草
適応:咳を伴う場合(麻黄は肺に作用し咳を抑える働きがある)
葛根湯
構成:麻黄、桂枝、葛根、芍薬、生姜、大棗、甘草
適応:項部のこわばりが強い場合(葛根は項のこわばりをとる)
小青竜湯
構成:麻黄、桂枝、細辛、乾姜、半夏、白芍、五味子、甘草
適応:鼻水が強い場合
2)かぜの初期で汗が出る場合 ⇒ 風邪の影響が強い
所見:発熱、悪風、頭痛、自汗、浮脈・緩脈
治法:辛温解表(外肌発表、調和営衛)
処方:桂枝湯
構成:桂枝、芍薬、大棗、生姜、甘草 *汗腺を開く麻黄を含まない
桂枝加葛根湯
構成:桂枝湯+葛根
適応:項部のこわばりがある場合
Aちょっと時間が経って悪化した場合 ⇒ 病邪が表裏の間(半表半裏)にある場合 *少陽病・・・病邪が表内に侵入
所見:寒熱往来、食欲不振、口苦、胸脇苦満、目眩、喜嘔、弦脈
治法:少陽和解
処方:小柴胡湯(基本) *インターフェロンと併用で間質性肺炎を起こす危険あり
構成:柴胡、黄?、人参、半夏、甘草、生姜、大棗
柴胡桂枝乾姜湯
構成:柴胡、桂枝、乾姜、?樓根、黄?、牡蠣、甘草
適応:微熱があったり寝汗があったりした場合
Bなんか熱くなって来たぞ〜 ⇒ 病邪が裏に入って熱邪と化した場合 *陽明病
所見:高熱、悪熱、顔面紅潮、激しい口渇、発汗、心煩、舌苔黄燥、洪脈
治法:清熱生津
処方:白虎湯
構成:石膏、知母、糠米、甘草
Cかぜを引きやすい人、老人など
→気虚(陽虚)があり外邪の侵入を受けやすく内部まで侵入されやすいので、補気(補陽)も兼ねた治療を行う。
1)かぜの引き始め
所見:悪寒が強い、顔面蒼白、咽頭痛
治法:扶正解表
処方:麻黄附子細辛湯
構成:麻黄、附子、細辛
2)お腹に来るかぜ
所見:悪寒、強い倦怠感、下痢、腹痛
治法:温化水湿
処方:真武湯
構成:茯苓、芍薬、白朮、生姜、附子
D長引く風邪には
→病邪に侵入されて陽気が虚しているので、これを補うのも立派な治療である。補うことで回復を早める、らしい。
治法:補気
処方:補中益気湯
構成:黄耆、人参、白朮、炙甘草、陳皮、当帰、升麻、柴胡
5.まとめ
「かぜなんて寝ていれば治る」というのは、少なくとも栄養状態・衛生状態の良い日本においては事実であって、何はともあれ無理せず寝るのが一番である。しかしまあ、試験が近い等休むに休めない時もあるわけで、そういう場合には漢方薬を試してみるのも良いかもしれない。